忘れたころにやってくる〜臭いあいつの話しです

カメムシがついたまま服を着たことがあります。二回も。

初めてカメムシがついたまま袖を通した時「なんか臭う」と思いながらもどこから臭うかまではわかりませんでした。でも臭うんです。臭いんです。吐くくらいのくささではないのですが、とにかく独特の臭いに焦りました。

初めてだったのでカメムシから発せられる臭いとは気付かず、とにかく臭い臭いと色んな場所を嗅ぎ回りました。そして自分の着ている服から一番臭っていることがわかり、恐る恐る服を見ました。奴がいました。袖にいました。気付かなかったのはカメムシが目立ちにくい色合いのカーディガンを着ていたせいです。

私は、とっさに袖を振り払いました。勢いよく振った衝撃でカメムシを叩きつけたようです。するとカメムシは動きません。しかし怖いので掴めません。数時間経っても動きません。ご臨終でした。

それ以来洗濯物を取り入れる時はカメムシがついていないか確認をしなければ気が済まなくなりました。そしてそれも少しずつ忘れて次の年。今度はカーテンでした。これまた「臭う」と嗅ぎ回りカーテンにつく奴を見つけ出しました。カーテンだったので奴に触れないように窓から追い払いました。

少し窓が開いていたようです。

それ以来窓の開け閉めには十分気を付けるようになりました。そして今年です。これまた「臭う」から始まりました。間違いなくアイツがいる、と確信した私はすぐに服のどこかにカメムシがついていることに気付きました。恐ろしい。奴は、袖の中にいたのです。

薄い服だったので透かしてみるとシルエットが!!

恐怖です。

それ以来、何度も裏も表も確認をして普段の倍近く時間を費やして確認してカメムシを入れないように洗濯物を取り入れています。それでも服を着る時は、再度確認をします。臭いを嗅いで居ないことを確認しても見落としてるかもしれないと思うと何度確認しても足りません。

気にしすぎじゃない?と思われるかもしれませんが、あの臭いを知ってしまうと恐怖に囚われてしまうのです。

ライブを見に行ってマナーの良さに驚いた話

先日、アーティストのライブに行った時の話です。

私は中学生の頃から音楽を聴き始め、30代になった現在でもその勢いは衰えるところを知らず、日々、自分好みの新しい音楽を探しており、それが唯一の趣味と言っても良いぐらいの状態です。

そんな私ですが、同じく音楽鑑賞を趣味とする会社の後輩に誘われ、ライブに行くことになりました。後輩が誘ってくれたのは、かなり激しい音楽をやるアーティストのようで、ステージングもお客さんもなかなかハチャメチャな様子だとのこと。

実際、音源を借りて自宅で軽く予習をしていましたが、これは確かに激しそうだなという不安に襲われると同時に、久しぶりのライブ参戦にワクワクしてきました。そしてライブ当日。始まるや否や客席はモッシュやダイブの嵐で、凄いことになっていました。仕事終わりで行った私達でしたが、来る途中でスーツから私服に着替えておいて本当に良かったです、一瞬で汗でボトボトになってしまいました。

そんな激しいライブの最中に、一人お客さんが転倒しました。皆が暴れまわってる中での転倒だったので、危ないなと思った瞬間、周りの人がその人を囲み、モッシュやダイブからガードをするような姿勢を取りました。

その後も、よくよくお客さんたちの動きを見ていると、同じように転倒したり、しゃがんで靴ひもを結ぶような人がいれば、周りの人が誰とも無しに壁を作って守るような姿勢を取っていることに気が付きました。

あー、一見するとお客さんたちはめちゃくちゃに暴れまわっている感じだが、周りの人に危険が及びそうな状況になったら、自分が楽しむことよりも、その人を気遣うことを優先するというマナーが浸透しているのだなということが良くわかりました。

ライブそのものも最高だったのですが、そういったお客さんたちの、少しでも良いライブにしようというマナーの良さが垣間見られたことも非常に良かったです。

このように、誰かに口で言われなくても、皆が自然と周りのことを考えて動けるのは本当に素晴らしいなと思った一日でした。

赤ちゃんのおもちゃをオゾンで洗うってどうなの?

今日はなんだか寝付けません。。。

寝よう寝ようと思えば思うほど寝付けないので、きっぱりとあきらめて起きていることにしました。

昨日は、久しぶりに会う友人と以前から気になっていたお店に行って食事をしたり、お酒を飲んだりと、とてもハッピーな1日でした。食事の席で彼が言います。

「なんかさ、カミさんが子どものおもちゃを洗うためにワケの分からない機会を買ってた(苦笑)」

「なにそれ?洗剤とかではなくて?」

「違う、違う。なんか、オゾン?っていうの?あれを水にしたオゾン水とかいうやつで子どものおもちゃを洗うとバッチリ消毒できちゃうんだとか言ってたわ」

「なんだよ、オゾンって大丈夫なのかよ(苦笑)」

「まぁ、おれよりカミさんのほうが頭もいいし、情報に強いし、子どもに何かあったらって考えているわけだし。おれは何も言わなかったけどな」

「ふぅ〜ん」

私は、オゾン水で子どものおもちゃを消毒するってのが、まず聞いたことなかったので、なんとも言えず。その結果の「ふぅ〜ん」でした。

で、帰りの電車で何気なく、「オゾン水」とか「オゾン 効果」とか、ネットで検索したり、いろいろなサイトを見ていたら、私が友人から話を聞いた当初ほど怪しい感じはしませんね。

というか、洗剤で洗ったり、アルコールで消毒するよりはよっぽど安全かも。さすが、友人のカミさん。私とその友人と、友人のカミさんは高校時代からの付き合いです。昔から頭の回転が早く、私たちよりも一歩先、いや、三歩先くらいを考えていました。

そんな彼女のことだから、きっと、めっちゃ調べたりしたんだと思います。正直、私からしてみればネットの情報よりも彼女の判断のほうが参考になったりもしますね。あっ、あいつがそう言っていたなら大丈夫か。みたいな(苦笑)

オゾンアソシアって会社が結構有名みたいでいろんなブログやサイトでこの会社を見かけますね。ビオキュートなるものも販売しているそうな。ペン型、、、そ、そ、そんなものまであるのか。知らないのは私や友人だけだったのか。。。

オゾンって救急車の中で消毒するときとかにも使われているらしく、効果はテキメンだんだとか。

でも、あれだなぁ。

やっぱり、最後は、「ふぅ〜ん」って感じかな(苦笑)

広告について思うこと

今私たちが住んでいるこの世の中において、どこかに目をやると広告というものが目に付くと思います。

電車に乗っていたら電車の壁に広告のポスター。街を歩けばスクリーンに映る広告。

このようにして今広告が溢れすぎているのではないかと私は思うのです。

その中で特にひどいと思うものについて私は話していきたいと思います。まずはTwitterです。Twitterとは自分の好きなことを呟くところです。しかし今広告によってTwitterが侵されてしまっていると思うのです。Twitterはフォローした人の呟きを見ることができます。けど、その間に何かしらの広告があるのです。さらにその広告を消すために×のボタンを押すんと「以後このような表示を減らしますか」みたいなことが書かれているので押します。しかし全く減らないのです。そのボタンを押した意味が全くないのです。広告で宣伝したい気持ちは分からなくもないですがもう少し量を減らしてくれないですかね。

もう一つひどい広告があります。

それはYouTubeです。

今若者はテレビよりYouTubeを見ると言われています。さらにYouTuberなどという職業も出てくるくらいYouTubeは人気の動画サイトです。昔は広告などほとんど見なくて動画を鑑賞することが出来ました。

しかし現在は一つの動画を見るのに最低5秒は動画を見なくてはなりません。30秒とかある広告は5秒後にスキップできるのですが、ひどい広告だと15秒全部見ないと動画が見れません。

これでは本当に好きな動画を本当に楽しむことが出来なくなってしまっていると私は思うのです。また長い動画などは途中で広告が挟まれます。

いい場面だったのに広告がながれたりするんです。もう少し楽しく見れる工夫をして欲しいです。今この世の中は情報化社会です。

企業の人々は自分たちの商品を宣伝したい気持ちが分かります。しかし過度すぎる広告は人をイラつかせる原因にもなります。

もう少し今の広告のあり方をきちんと見て欲しいなと思います。

子供の時に英語に触れていない私が英会話ができるようになった理由

今日は英語の勉強のことについてちょっと思ったことを書いてみたいと思います。

私は、ごく普通の日本人であり、育ったところも外国人と簡単に交流できるような場所ではありませんでした。

そして、ごく普通に中学、高校で英語を学び、大学受験のための英語も勉強しましたが、自由に英会話ができるバイリンガルになることはできませんでした。

しかし、現在は、子供にバイリンガル教育をしていますし、独身時代は英会話講師として働いていました。

つまり、中学、高校、大学受験の英語では英会話を自由に使えるようにならないというのが私の結論です。

私が英会話ができるようになるまでに必要だったのは、日本の学校の英語教育以外のものです。私が大学時代に日本でひたすらやったことは、とにかく、英語で考えるということです。

朝起きてから、一人でいる時の頭の中をいつも英語にしておくということをしました。電車に乗っている時に、「人がたくさんいて、座れない」、「後ろの高校生の女の子たちのおしゃべりがうるさいなあ。」などという状況をひたすら頭の中で英語の文にしていました。

この頭の中の独り言英会話は後ほど、アメリカ人の知り合いができた時に、非常に助かりました。身の回りの状況を日本語で考えないで英語で考えることにより、英会話の時に、日本語を介さないで瞬時に英文にすることができたのです。英語が苦手という人の多くはまず、日本語の文を英文に訳そうとします。

しかし、英語と日本語というのはイコールにならない場合が多いのです。なので、無理やり、日本語を英語にすると変な言い回しになってしまうことがあります。最初から、日本語を挟まず、感じたことを直接英語で表現するのは英会話において大切なことです。いちいち、日本語を英語にするという作業は訓練された通訳でなければ、非常に時間がかかりますので、英会話が弾みません。最初は簡単な文から日本語で考えない練習をするのがおすすめです。

例えば、「今日は寒い」ぐらいの英語であれば、「It’scoldtoday.」と日本語を介さずに英語で言える人は多いのではないでしょうか。

このように簡単なものから初めて慣れてきたら、もっと難しいことを英語で言ってみるのがよいです。私のように幼いころから英語に触れていな人のリスニング力をつけるには、留学が一番いいと思います。

毎日の生活を英語漬けにしてしまうことで、リスニング力をつけることができます。日本で英会話スクールに行ったとしても、先生のはっきりとした英語や限られた人の英語しか聞くことができません。留学して英語圏の国に行くことで子供英語、若い人の英語、早口の人英語、もごもごと話す人の英語などたくさんの英語に触れることができます。

私自身、留学先で普通の人の英語が英会話の先生とまるで違うことに驚いたことがあります。

日本で英会話の練習を自分なりにしたら、英語圏に飛び込むのが英会話を習得する近道だと思います。